「人類史上最大のベストセラーは?」と聞かれて、皆さんは何を思いうかべますか?
『ドン・キホーテ』や『二都物語』など、過去には何と「1億部」を超えた本も存在します。それだけでも想像を絶しますが、最も読まれたという意味では、実は『聖書』が圧倒的なのです。『聖書』は読まれもし、ロングセラーでもあります。
一方、『聖書』とは違う形で人々を魅了し続けてきたベストセラーがあります。中国の古典『孫子』です。本の名前を知っている人は多いと思いますが、同著作は、生活やビジネスといったさまざまなところで今も影響を与えています。ここでは、その魅力に迫ります。
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ビル・ゲイツや孫正義も読んでいるビジネス必読書
『聖書』は数千年にわたるロングセラーですが、『孫子』も書かれてから約2500年を経ています。当時の中国は春秋時代。同じ頃、日本は縄文・弥生時代でした。そんな『孫子』は誕生以来、中国はもとより日本の武将から庶民に至るまで、たくさんの人々に影響を与えてきました(かのナポレオンも読んでいたと言われています)。現代では、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏やソフトバンクグループCEOの孫正義氏など、名だたるビジネスパーソンに愛読されています。
では、なぜこれだけ長きにわたって『孫子』は読まれてきたのでしょうか。記されている兵法が現代に通じる部分を多く持っているからでしょうか? 私は、『孫子』が単なるノウハウ集ではなく、競争社会に活かせる原理原則を示していることが要因であると感じています。競争論でありつつ、生き方論でもある。生活の知恵や人心掌握術も書かれている。
ズバリ「いま役に立つ」のです。
『孫子』はビジネスでも活用されています。なぜなら、ビジネスとの相性がとても良いからです。
モーレツ社員が企業を支えていたかつての高度経済成長時代、日本のビジネスマンは「戦争は続いている」と言ったそうです。つまり「戦争から経済競争へ、手に持つものは武器からカネへと変わったけれど、争っていることに変わりはない」と。ビジネスと戦争には似たところがあるんですね。孫子の兵法は「競争戦略」という点でビジネスにも応用できます。なので『孫子』は、ビジネスマンの必読書ともいわれるのです。
「兵法なんて本当に役に立つの?」というあなたへ
とは言っても、「2000年以上も前の、刀剣で戦っていた時代の兵法がビジネスに役立つの?」と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。
確かに、言葉どおりには実行できない記述が『孫子』の中には数多くあります。ですので、同書を扱ったビジネス書の多くは、解説を挟みつつ、ビジネスに応用できる言葉に変換して書かれています。実はこれが、『孫子』活用における大切なプロセスなのです。
評論家の守屋淳氏は『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版社、2014)の中で、そのプロセスを「抽象度をあげる」というワードで説明しています。「簡単に言い直せばどうなるのか」「より一般的に表現するとどうなるのか」(同8ページ)といった形で『孫子』の内容を自分なりに言葉にしてみるのです。
「抽象度」ということでいえば、例えば「『槍』で一突きしてくる相手にどう応じるか」という話題なら、「『槍』で一突き」の部分を「『武器』で一突き」と言い換えてみる。あるいは「武器」ではなく「攻撃して」に、つまり「攻撃してくる相手にどう応じるか」と言い換えてみる。このように、より広い枠組みへと物事をとらえ直してみることを、守屋氏は「抽象度をあげる」と表現しました。
この方法をとれば、元々「槍」の話題だったものから「刀だった場合はどうか」「弓だった場合はどうか」「素手なら」といった「攻撃される場面全般」に応用できる原理も見えてきます。そのように吟味して、『孫子』の理解の応用性を高めれば、ビジネスにも応用することができ、具体的に効果を得ることもできるのです。
例えば「兵は拙速を聞く」をどう読み解くか
具体例をあげてみます。
『孫子』作戦篇には、「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹(み)ざるなり」(金谷治訳注、岩波文庫)という文が出てきます。「短く切り上げることが有効な戦いは聞くけれど、長期戦がうまくいった例は見たことがない」という意味です。
その直前には「長期戦になって軍が疲れ、士気は衰え、力も萎え、財政も尽きれば、その隙に乗じて他の諸国が攻め込んでこよう。そうなれば、どんな知者がいても事態を収拾することはできない」という意味の言葉が書かれています。
シンプルに言えば「短期決戦のススメ」です。きちんと作戦を立てて、戦いを長引かせないようにしなさい、という戒めです。
『孫子』には、戦いにおける準備の重要性が丁寧に記されています。
「五事七計」をご存じでしょうか。「君主と民の気持ちが合っているか?」、「天候や季節・土地において利があるか?」といった「戦力を把握する上で大切な5つの要素(=五事)」と、「どちらの将軍が有能か?」、「どちらの法が公正に運用されているか?」といった「勝敗を決定づける7要素(=七計)」のことです。これらを考慮しつつ「決戦を短くまとめよう」と『孫子』は言っているのですね。これは「いざ実行するなら一気呵成に」という言い方にも変えられます。
ビジネスの世界でもこういった例が見られます。
名刺管理サービスを提供しているSansan株式会社は、今でこそ印象的なテレビCMでよく知られていますが、実は苦しい下積み時代がありました。同社の創業は2007年。翌年にはリーマンショックが。そのあおりを受け、お金もショートしたのです。しかし、地道な資金調達の末、2013年頃からテレビCMに一気に予算を投入。一点突破・全面展開の勢いで、短期急成長を果たしました。「もちろんギャンブルをしたつもりはなくて緻密に計算して踏み込んだ」と寺田親弘社長は語っています。
また、出張・経費管理サービスを提供する株式会社コンカーも、予算の8割を投下したマーケティング施策で一気に知名度を高め、その後もPRを起点にした短期施策を連打し、スピーディな戦略で国内シェアトップに駆け上がりました。
もちろん、これらの戦略を真似すればうまくいくとは限りません。前提条件の違いをしっかり見る必要があります。ですが、やる時は「一気に」、「スピーディに」が大切であることには変わりません。中途半端にやるくらいなら「やらない」か、作戦と現実にミスマッチがあれば「スピーディに切り上げる、方針を転換する」といった判断が大切だと言えるでしょう。
まとめ
『孫子』に限らず、古今東西の古典を読んでいるトップビジネスパーソンはたくさんいます。長い歴史の審判に耐え、読まれ続ける文献には、時代を超えた「普遍的な原理原則」が示されています。ぜひ試しに読んでみてください。
参考文献:
- 守屋淳『最高の戦略教科書 孫子』日本経済新聞出版社、2014
参考サイト:
- 創業前からの二人三脚、起業家Sansan寺田氏とVC赤浦氏の12年間のハードシングス|Incubate Fund
- 6年間で売上250倍。「働きがいのある会社」第1位コンカーに何が起きているのか?|WORKSHIFT DESIGN