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育休ママが語る戦国時代の育児について

2017.12.30 歴史・戦国

皆様お久しぶりです。

ゼロワンメンバー、射手座のA型、はやしです。

登場が久々すぎて誰やねん、と思われる方もいらっしゃると思います。

一応、立ち上げメンバーなので、ゼロワンには最初からいます。

存在感ないですが。。。微力やし。。。

 

ちゃんとした証拠、証拠…

あせって携帯のアルバムとFacebookの写真をひたすらスクロールするワタシ。

#ちっこいし人多いから、ワタシわからんか

#無人島チャンバラ

#一応右端におる

#5年前!!!!????

 

よし、おっきい写真!こい!

#ちゃんとチャンバラしてた

#証拠

#これは2年前

#若い

#鎧着てるのこれしかなかった

 

ほらほらちゃんといるでしょ?(誇らしげ)

まあ、しょーもない年上の見栄につきあわせてしまったけれども。

 

そして最近はというと、2016年にこどもが生まれ、チャンバラも本職も育休中です。

#ブログ初登場の息子

#え?いらんって?

#息子は旦那のクローンです。

 

…親バカ写真はおいといて、育休ながくね?って思われた方!

…絶賛待機児童です。

ほんま、保育所落ちた、日本…(すべては言うまい…)ですよ。まったく。

 

戦国時代の育児について

毎日育児に奮闘してるのですが、ふと、、、保育所決まったら仕事と育児と家庭の両立かぁ、、昔って専業主婦多かったよな、実際自分のおかんもそうやし。

…そういや、昔の武士の時代、ワーキングママというのはいてたんやろか?

そーいや、昔って乳母とかおったな。

なんで、乳でたんや!?と、戦国時代の育児について、ちょっと興味が出てきたので、調べてみることにしました。

 

今回調べる戦国時代の定義ですが、色々な説があって難しいけれど、一般には「応仁の乱」のあった1467年から、徳川家康が幕府を開き、豊臣家を滅ぼした1615年までと言われていますので、この年代のことにします。

 

まずはワーキングママ

戦国時代 ワーキングママ…

ぽちぽち、、、

Google先生に聞いてもなかなかでてこやんなぁ。。。

やっぱないか。仕事しながら育児とか。

保育所はあったんかいな。

 

戦国時代 保育所

ぽちぽち、、、

あ。ヒットしたと思ったら

『まさにこの世は保育園戦国時代! 入るまでも入った後も大変な保育園ママの本音会議!』

…今ですよね。そうですよ、全然決まらへん。働きたい女性に優しくないわー。

 

気を取り直して、調べを進めると、『戦国時代はお寺で保育』というのが出てきました。

 


保育に関しては、お寺で子どもも集めて御説法をしたりという会はあったようです。その名残として、保育園や幼稚園の側にお寺があるところも全国多く見られます。

とのこと。ただ、こどもは小さい頃から家業を手伝うのが基本で、農業などに従事したらしい。なるほど、たしかにお寺の横に保育所とか学校があるところ、あるなぁ。

ぽちぽち

 

…え!?えええ!!!かーちゃんびっくり!

 

『戦国時代では子育ては母親の仕事ではなかった』!?

そんな記事が目に飛び込んできました。

なんと!?なんでや!?

 

子育ては母親の仕事という概念を覆す史実!

その理由とは子育て等は身分の高い者はやるべきでは無い、という考えが当時はあったらしく、ちゃんとした専門の人に育ててもらった方が教育上も良いという事で乳母が必要になったとのこと。

ほかにも諸説はあるやろうけど、この考えは興味深い。

 

乳母って何者!?

ここで、気になったのは乳母について。

乳母って、乳あげる人!と思っていた私。

 

気になってwikiすると、

乳母(うば、めのと)とは、母親に代わって子育てをする女性のこと。
かつて、現在のような良質の代用乳が得られない時代には母乳の出の悪さは乳児の成育に直接悪影響を及ぼし、その命にも関わった。そのため、皇族、王族、貴族、武家、あるいは豊かな家の場合、母親に代わって乳を与える乳母を召し使った。

また、身分の高い人間は子育てのような雑事を自分ですべきではないという考えや、他のしっかりとした女性に任せたほうが教育上も良いとの考えから、乳離れした後、母親に代わって子育てを行う人も乳母という。

また、商家や農家などで、母親が仕事で子育てができない場合に、年若い女性や老女が雇われて子守をすることがあるが、この場合は「ねえや」、「ばあや」などと呼ばれることが多かった。

 なるほど、乳母っていろんな意味があったんやね、乳あげるだけやと思ってたわー。

 

まとめ

戦国時代にはワーキングママという考えはない。

家の仕事で子育てできない人は、今で言うベビーシッターを雇った。

保育所っぽいものは、お寺がやっていた。

そもそも身分の高い人間は育児とは母親の仕事ではなかった!

戦国時代の母は、できるだけたくさん子供を産むのが一番の役割だった。

:あくまでも一説です。

諸説あります。

 

今回調べてみて、いまの時代と戦国時代を比べると、母親はもちろんのこと、父親もかなり育児に参加していることが一番違うことだろうなと感じたなー。衝撃な一説もあり、今ほど子供を大事にしてなかったという説もあったりなかったり。

 

毎日成長していく我が子はめーっちゃかわいいですけどね。大事にしたろーと思います。私は仕事に復帰しても関われるところはちゃんと関わって、私なりに、子供と一緒に成長していきたいですね。

保育所決まれ!

 

と、いうことで今年ももうあと数十時間で終わりですね。

来年は、みなさまが私のことを忘れない程度に、ブログに登場することを目標にします。

よいお年をお迎えください。

 

はやしひろこ

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