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戦国時代の旅について、旅籠屋の照姫(仮)が調べてみた!

2017.12.27 歴史・戦国

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皆さん、はじめまして。旅籠屋の照姫(仮)です。なお、写真はイメージです。イメージですよ。大事なことなので2回言いました。

早速ですが、簡単に自己紹介させていただきます。私はとある旅行会社で働いています。

21世紀の現代、鉄道が日本中を走り大阪から東京までは新幹線で約2時間半、飛行機が全世界を飛び回り海外旅行にも簡単に出かけられる時代です。

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旅に出ようと思ったら、街中にある旅行会社のカウンターで一言声を掛けて貰えると、その場でチケットを発券して、すぐに旅に出て、概ね1日で目的地に辿り着けます(※)

(※)ちなみに日本の航空直行便でもっとも時間が掛かるのは成田⇔メキシコ間で最長14時間45分(11,272 km)

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そんな便利な世の中ですが、鉄道や飛行機が当たり前に乗れるようになったのはついこの100年ほどです。 交通機関が発達していない頃の旅行はどんな感じだったのでしょうか?

かの戦乱の世であった戦国時代の旅行とは?時計の針を過去に戻しながら、お伝えしたいと思います。

旅行はいつの時代からはじまったのか?

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旅行のはじまりとはいつでしょうか?いつ頃から旅に出るという習慣がはじまったのでしょうか?

歴史を紐解くと、例えば原始時代に狩猟など生きるために遠くへ出かけたり、大和朝廷の時代に現代で言う税金を納める為に農民が都へ向かう事はありましたが、自らの意思で好きで行く旅ではありませんでした。

 

旅のはじまりは信仰の旅

旅で余暇を楽しむ時代が到来するのは、写真の通り平安時代の熊野詣になります。当初は貴族など支配階級が中心でしたが、庶民にも広がりを見せて「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど賑わったといわれています。

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その後、室町時代から信仰の場が山深い熊野からアクセスの良い伊勢に移りましたが、江戸時代に至るまで庶民は(※)信仰の旅が中心となっていました。

(※)貴族・大名などの支配層は、豊臣秀吉が有名ですが桜の花見会や温泉巡りもしていたそうです。

現代に通じる旅行会社はいつの時代から?

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古くは平安時代に、「御師」と呼ばれる職がありました。熊野詣の際に祈祷・宿泊の手配をした熊野御師が始祖と言われていて、参詣者は檀那と呼ばれ、両者の契約関係は師檀関係と、まるで師弟関係のような間柄でした。

それでは、IKUSAの舞台と言える戦国時代の旅行とはどんな感じだったのでしょうか?「永禄六年北国下り遣足帳」という桶狭間の戦いから僅か3年後の西暦1563年、戦国時代真っ只中に旅をした旅行記と言える資料を紐解きながらお伝えします。

 

戦国時代の旅行とお金

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戦国大名の各領国の間は封鎖され、とても一般人が旅に出るのは無理…と想像されますが、当時の資料を紐解くと京都から北陸・長野・新潟・北関東・福島を約一年かけてお酒をガンガン飲んだりしながら巡っています。

主人公は醍醐寺(真言宗)の僧侶ですが、名の知れた大高僧ではなく無名の僧侶だったと伝わっています。とは言え、1年がかりの旅のため、庶民の旅と言う訳ではありませんが、そこから見えてくるものを紹介します。

 

戦国時代の1泊2日の宿泊代金とは

まず、宿泊1泊2食のお値段ですが、24文(約3,600円)です。意外と安いですね。ちなみに、宿泊代=夕食代と朝食代だったようです。食事なしの場合は減額されています。 現代のような個室メインではなく大部屋で、風呂や寝具(枕は別料金で15文・約2000円)も基本的にありませんでした。

 

宿泊代金は概ね統一代金だった

記録によると関西から新潟・北陸までの宿泊代は概ね24文で統一されており(ちなみに1419年の文献でも同じ値段)江戸時代に整備されたと言われる街道・宿場と呼ばれるシステムが既に構築されていたことが伺えます。

なお、下呂温泉では80文(約12000円)と高額となっていて(遊興費?)、温泉地は高かったようです。

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戦国時代の交通費とは

交通費は、山を越える場合など難所を通る場合は馬に乗っていき約15文~30文(約2000円~4500円)の駄賃(※)、船賃は約5文(600円)程度から約20文(約3000円)以上と幅があり、距離や修繕費等で変動したものと考えられます。

(※)駄賃の語源は、荷物や人を駄馬に乗せて運ぶ際(簡単なお仕事)に支払う運賃、略して駄賃ですね。

ちなみにランチは概ね10文(約1500円)、お酒は15文~30文(約2000円~4500円)位で結構高額です。

このお坊さんは「出立ち酒」「落ち着きの酒」など、何かにつけて飲んでます(笑)他にも「下宿の女」に20文(約3000円)の記述が残っていたりして、色々やらかしてた系坊主なのかもしれません・・・

 

まとめ

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あらためて、戦国時代の旅行=戦国大名同士で言わば名古屋と長野で戦争してた時代に戦火の中を旅行する・・・イメージですが、実はお金さえ払えば宿泊や食事もできた時代のようです。

勿論、現代に比べると危険と隣り合わせだったかもしれませんが、意外と自由に行き来が出来ていたようです。イメージとギャップがあり、色んな想像が掻き立てられますね

 

まもなく年の瀬で長期休暇シーズンになり、旅行会社は中々休めませんが、皆さんは年末年始に旅行へ行かれると思います。是非、戦国時代の旅行に思いを馳せながらいつもと違う目線で楽しんでみてはいかがでしょう?それでは皆さん、素敵な新年をお迎えくださいね◎

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