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東京サマーウォーズ2014番外編-次の総大将は貴方!?-はじめて&いきなりの総大将による実況中継-武田信玄編

2014.9.7 戦の魅力
チャンバラ合戦-戦IKUSA- やってみた 東京 東京サマーウォーズ 総大将

いきなりの大将指名

先日2014830日(金)に東京オリンピック開催会場でもある東京体育館にて行われた東京サマーウォーズ2014を取り上げよう

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実はこの日、私はこのたび人生初めてのチャンバラであったが、総大将武田信玄役を任されることになった。東京サマーウォーズでは日本史では有名な川中島の戦いを想定して大勢が集結し、チャンバラ合戦をおこなう。武田信玄と上杉謙信の戦いを題材にチャンバラで戦うのだ。

武田信玄といえば、甲斐の虎とも呼ばれ、群雄割拠の戦国時代の中でも、人気の高い戦国武将の一人として現代でも愛されている人物である。

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きっかけは、夏の休日にチャンバラの撮影会に甲冑を運ぶ手伝いをしていたところからである。いわゆるパシリである。そこからとんとん拍子で甲冑武士にモデルとして写真に写り、

「当日総大将やりなよ?めちゃおいしいで!」

と言葉を拝命し、おいしいという言葉に弱い私はその場で了承したのだ。そう、パシリから総大将に一気に格上げになったのだ(笑)

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さあ、当日。

私は実は緊張していた。なんせ初めてのチャンバラにも関わらず当日150人以上もの老若男女が集結し、半分の70名以上が私の兵となり、軍隊を率いるのである。当然これまでの経験者もいるだろう。こんな私でいいのだろうか?幾度もなくそのことを考えた。

受付を開始し、甲冑を身にまとった私は副将である伊右衛門から

「信玄公!これからお目通りとなりますので、我が部隊を勇気付けてください!」

と言われ、何が何だかよくわからず座っていた。

すると10人ずつ伊右衛門が参加者の群れを連れてくるではないか。伊右衛門は言う。 「ひかえおろう!」、参加者は半笑いで座り始めた。私は言った。

「よくぞ集まってくれた。今日はあの因縁の謙信との戦いや!絶対に負けられへん。ちなみにこの隊の小隊長は誰だ?」

するとはじめは誰も手を上げないと思ったら手前下の34歳くらいの子供が手を挙げた。引き続き、お目通りを行い、ようやく隊の挨拶を6隊を終えた。中には身長2メートルをも超える欧米人もいた。これは勝ったなと悟った。そこで私は6隊あった部隊に名前をつけた。

そう、武田信玄といえば「風林火山」だ。

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速きこと風の如し、静かなること林の如し、侵略すること火如し、動かざること山の如しだ。 ・・・だめだ4つしかない。2つ足りない。 そこで更に考えた。実は風林火山は中国の孫子の言葉から引用したもの。

そこにはもう2つの言葉があった。知り難きこと陰の如し、動くこと雷帝の如しである。なんと偶然のことか。 私は6つの部隊には風・林・火・山・陰・雷という名前をつけて、激励したのである。

そして戦いに時間が近づいてきた。

私の入場シーンでは副将とともに入場曲とともに戦国っぽいダンスをしながら入場した。

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そこで戦いの神こと毘沙門天、敵なる上杉謙信もようやく顔を出した。

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 そこから戦いが始まった。ほら貝の合図から戦いの火ぶたが切られる!

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戦いはいたってシンプル。左上につけているボールを落とされたら負けで陣地から一人ずつ抜けていく。最初はチーム戦というお互いに全滅した方が負けというルールだ。

勢いよく出ていったが速攻やられ、部隊も健闘したが、やられてしまった。もう一回やったが、そこでも惜しくもやられてしまった。勝負は大将戦!

これはやばいと思った。もはや我が軍は士気が下がり始めていると感じた。私はとにかく鼓舞し続けた。 次の戦いはルールが変わり、大将戦だ。つまり、先に大将を倒せば勝ちだ。

これは作戦次第で勝てる。未経験の私でもビジネス上で培った勝ち方はわきまえていると思った。これは勝とう。私は自分に言い聞かせた。作戦タイムが始まり、6人の部隊長が私の駆け寄った。私は実は事前にこれはやりたいと思っていた陣形があった。

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それは魚鱗の陣。中心が前方に張り出し両翼が後退した陣形。「△」の形に兵を配する。かなり攻めを意識し、個人ごとの自由もきき易く守りも固めた陣だ。

私はすかさず2メートルもの欧米人を私の前にするよう指示を出した。これで守りは完璧だ(笑)

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私の前の欧米人に勢いよく言った。

「SAVE ME! SAVE ME!」

「OK!」

そこから6つの部隊の部隊長に指示を出し、各部隊長が各隊に指示をだし、各陣形についた。

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ほら貝の音とともに戦いは始まった。

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結果、敵はかなり守りを意識した陣形についていたが、魚鱗の陣の中でも風軍と火の軍が左右から敵の本陣に向けて、一斉に駈け出した。

すると敵の総大将上杉謙信は勢いにひるんだのか、本陣の外に逃げ込んだ。作戦通りである。

総大将目がけて、6人ほどの女性陣が敵のスポンジの刀を振り落した。

 そこで

「上杉軍、大将討死!!!」

という声が響き渡ったのだ。

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不覚にも私は飛び上がって喜んだ。武田軍がみな私のもとに来て一緒の飛びながら、まるでサッカー日本代表がワールドカップに優勝したかのような喜び方だった。

そして次戦。我々は鶴翼の陣という両翼を前方に張り出し、「V」の形を取る陣形。魚鱗の陣と並んで非常によく使われた陣形で戦ったが、敵は鉄壁の陣という四方八方を守りの固め、勢いよい女性が奇襲を浴びせにくる作戦でまんまとやられてしまったのだ。

さあ、最後の戦いをやろうかと思ったその瞬間。

まさかの裏切り、伊達政宗登場!

一人の兵が走ってきた。「大変じゃー!両軍の副将に謀反の気配あり!」なんと、わが軍の冒頭で紹介した伊右衛門と敵の副将が手を握っており、もう一つの軍ができたのだ。つまり、裏切りだ。

その名前も「伊達正宗」である。かの有名な戦国武将である。

そこから3つ巴の戦いが始まった。

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3つ巴の戦いでは、単純な戦いとはいかない。

むやみにに一つの軍につっこめば、もうひとつの軍からこてんぱんにやれるのだ。

作戦タイムに入る中、上杉謙信がわが本陣にやってきた。

「先に裏切りの兵、憎き伊達から倒さないか?」

迷いなく了承した。

そうだ三つ巴の戦いでは裏切りや同盟など、何が起こるかわからないのだ。まさにビジネスと同じである。

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そこで戦いの火ぶたは切られた。最初は我が軍が勝ち、次は伊達軍が勝った。

最後の戦い。壮絶なる戦いの中、上杉軍が先にやられ、我が軍が残ったが既に我が軍は女性ばかりで相手は男性が多く残って不利になっていた。

人数も負けている。そこで私は最後の賭けに出た。伊達が少しでも本陣から離れたところで一気に残りの軍で攻勢を仕掛けるのだ。すると伊達総大将が視界に入った。

私は言った

「突撃~!!!」

女性陣が一気に伊達総大将に切り込む。私も一気に駆け込んだ。気づいたら伊達正宗との一騎打ちになった。

勢いよく切り込んだ!!!

惜しくも1秒差くらいで先に命をとられてしまった。

ちゃんちゃん。

最後の戦いは裏切りの兵、伊達軍が勝利を収めたのである。なんとも悔しかったが、我が軍もよく戦ったし、なによりも楽しかった。

最後にあったもの、、、

それはみんなの最高の笑顔だった。子供も女性も欧米人もおじさんもみんなだ。

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そうして、8月最後の夏の陣は幕を閉じたのである。

初めてのチャンバラを終えて思ったこと。

それは想定の何倍も面白いということ。

そして、多くの学びを得た。

たまたまではあったが。総大将をやって、本当によかった。これで夏の最後の思い出になった。

いや、我らの夏はまだまだ終わっていない。

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